横浜地方裁判所 昭和61年(わ)2636号 判決 1988年5月24日
本籍
青森県黒石市大字西馬場尻字派村一七番地
住居
神奈川県藤沢市高倉五四五番地の七
会社役員
鈴木要
昭和一九年一〇月二三日生
右の者に対する公務執行妨害被告事件について、当裁判所は、検察官加藤元章、同河野芳雄各出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役六月に処する。
この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、神奈川県藤沢市高倉五四五番地の七に本店を置き、車両及び車両の部品、付属品の販売修理等を営業目的とする有限会社長後モータースの代表取締役であるが、
第一 昭和六一年一〇月一四日午前一〇時一五分ころ、右本店店舗内において、所轄藤沢税務署法人税源泉所得税第六部門所属の上席国税調査官福納敏郎及び同所属の国税調査官清水貴から、右会社の昭和五九年二月期決算分から昭和六一年二月期決算分までの三事業年度の法人税に関する調査のため、「あなたの出された法人税申告書の所得金額が正しいか、帳簿や書類を見せてください。」などと言って同会社の帳簿書類の提示を求められた際、「うちの申告は正しいから帳簿を見せる必要はない。」、「俺は今忙しいんだ。今日は帰ってくれ。」などと言って、これに応じないでいたところ、右清水が、被告人に対して、「帳簿類の提示がなければ青色申告の取消し要件に該当しますよ。」と言ったことに腹を立て、「何だとこの野郎。俺は忙しいと言っているんだぞ。青色申告を取り消すとは何だ。」と怒号しながら、右清水の両肩口を両手で突き飛ばしたうえ、同人の左胸部を右肘で二回打ちつけ、更に、同人の左肩付近を右手で、右福納の右手肘付近を左手でそれぞれわしづかみにして、右両名を同店店舗外に引きずり出すなどの暴行を加え、もって、右両名の職務の執行を妨害し、
第二 右犯行後、前記会社の支店である同市高倉八三八番地所在の長後モータースファミリー店においても、前記法人税に関する調査が行われていることを関知するや、直ちに、同店に赴き、同日午前一〇時三〇分ころ、右店舗内において、前記藤沢税務署法人税源泉所得税第六部門所属の国税調査官瀬口順二及び同安東正紀が、右調査のため、同店店長の太田正幸に取扱い商品等についてメモをとりながら質問していたのに対し、「お前ら勝手に何やってんだ。誰の許可を得て店に入っているんだ。」などと怒号しながら、右安東の背広左襟を右手で、右瀬口の右上腕部を左手でそれぞれわしづかみにして、右両名を同店店舗出入口付近まで引きずり出したうえ、同所で右襟口が所持していたメモ用紙綴り(昭和六三年押第六八号の1、なお同押号の2及び3の横罫紙二枚は、その一部)を、「おまえ何書いているんだ。」と言ってやにわに奪取するなどの暴行を加え、もって、右両名の職務の執行を妨害し
たものである。
(証拠の標目)
判示冒頭の事実について
一 横浜地方法務局藤沢出張所登記官作成の有限会社登記簿謄本
判示事実全部について
一 被告人の当公判廷(第一二回公判)における供述
一 第一一回公判調書中の被告人の供述部分
一 第四回ないし第七回公判調書中の証人佐久間康良の各供述部分
一 第八回公判調書中の証人清水貴の供述部分
一 福納敏郎、瀬口順二及び安東正紀の検察官に対する各供述調書
判示第一の事実について
一 司法警察員作成の昭和六一年一一月一三日付検証調書
判示第二の事実について
一 司法警察員作成の昭和六一年一一月一五日付検証調書
一 押収してある調査メモ用紙綴り一冊(昭和六三年押第六八号の1)及び横罫紙二枚(それぞれ三片に破れているもの、同押号の2及び3)
(法令の適用)
被告人の判示各所為はいずれも刑法九五条一項に該当するので所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い犯示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(被告人の主張に対する判断)
被告人は、本件当時における税務職員の調査(質問及び検査)の方法が妥当でなかった旨を、(1)税務職員が、事前通知もなく、突然やって来て、陸運事務所に行く所用があるという被告人側の事情を無視し、自分達の主張だけを押し通そうと執拗で強引な調査を行い、なぜ青色申告を取り消すなどと言わなければいけないのか、(2)支店にも調査に行っているのならばなぜ最初からそう言わないのか、(3)支店で、本店で許可を得ているような言い方をして調査するのはなぜかなどの点について納得できないものがあると主張し、被告人の実力行使も不当な調査方法によって誘発された向きがあるように主張している。
しかしながら、関係証拠によれば、被告人の経営する有限会社後モータースの昭和五九年二月期から昭和六一年二月期までの三事業年度の法人税申告に関して、特に六一年二月期の所得額について種々の点で過少申告の疑いがあったため、所轄の藤沢税務署が右会社の税務調査を行なおうとしたことは合理的必要性に基づくものということができるのであり、法人税法一五三条所定の質問検査権の行使について、実施の日時場所の事前の通知は、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知とともに法律上一律の要件とはされていないと解すべきであるが、国税当局の税務運営方針としては、事前通知はこれを行なうことにより調査が困難になると予想される場合を除き適切に実施する、とされているところ、右会社に対する過去の税務調査において、被告人が第三者である湘南民主商工会事務局員の立会いを要求するなどして難航した経緯があったことから、税務当局は本件当時も被告人が右商工会に所属していたことも考慮し、同様の調査妨害等の事態の発生を回避し、調査の効率を図るうえからも事前の通知をしないまま、本店と支店の同時臨場調査を行うことにしたものであって、本件の場合は「事前通知を行なうことにより調査が困難になると予想される場合」にあたるというべきであるから、事前通知を欠いたからといって違法、不当な調査方法であったということはできない。
また、税務職員が執拗かつ強引な調査を行ったという点については、当初は調査の具体的理由の説明を要求するだけであったのに、後になって所用のあることを持ち出し、とにかく忙しいという理由で帳簿等の提示を拒む被告人の言動から、税務職員らが、所用が要急のものであって、本人でないとできないことなど、当日の調査を拒否し得る正当な理由がないと判断して、被告人に対し、帳簿書類の提示を求めて説得を続けたとしても、相手方の私的利益との衝量において、社会通念上相当な限度にとどまるものというべきであるから、不当とはいえない。なお、調査の理由及び必要性の告知についても、法律上は質問検査権行使の要件とはされていないにせよ、ある程度具体的に告げることが望ましくはあるが、本件で福納が告知したように、「一般的な調査で所得の確認をしたい」、「あなたの出された法人税申告書の所得金額が正しいかどうか(を判断するために)帳簿や書類を見せてください」といった程度でも、相手方に調査の理由及び必要性を理解させるのに不十分であるとはいえず、調査理由等の告知として最小限度の範囲は充たしていると認められるから、被告人がいう「執拗で強引な調査」の中に、調査理由等の告知が不十分であったという趣旨が含まれるとしても、その点において調査方法が妥当を欠いたということもできない。
そして、青色申告制度は、帳簿書類の備付け、記録または保存が正しく行われていることを前提とするものであるから(法人税法一二七条一項一号)、調査拒否により帳簿書類の備付け等が正しく行われているか否か確認することができない場合には、青色申告の承認の取消し事由になると解されてもやむを得ないので、税務署員が、被告人にその旨述べたとしても、何ら違法、不当ではない(なお右会社は、その後、実際に右の理由で青色申告承認の取消し処分を受けている。)。更に、同社支店に調査に赴いた税務職員が、本店の許可を受けている旨同店店長を欺いたということも、被告人がそのように感じたというだけであって、関係者の供述等からはそのように認めることができない。
以上のとおり、本件における税務職員らの質問検査権の行使は、事前通知を行っていないとはいえ、適法な職務の執行であると認めるに妨げがなく、何ら違法、不当な点は見受けられない。したがって、不当な調査方法により、実力行使を誘発されたようにいう被告人の主張は、これを是認することができない。
(量刑の理由)
本件は、被告人が、税務職員から、被告人の経営する会社の法人税に関する調査のため、質問検査を受けた際、当該職員の言動に立腹して、暴力をもって、その職務の行使を妨げたというものであって、本件の具体的状況のもとにおいてはその職務の行使は違法であり、調査の合理的必要性も認められるうえ、右質問検査権が適正な申告納税制度を維持し、もって、課税の公平を期し、国の租税収入を確保し、租税行政の目的を達するために必要不可欠なものであることに鑑みれば、被告人の責任は軽視し得ないといわなければならない。
しかしながら、本件が偶発的な犯行であり、被告人は、当初は犯行を否認していたものの、その後、事実関係についてほぼこれを認めるに至り、自分自身にも少し行き過ぎた点のあったことを認めていること、被告人には、道路交通法違反(酒気帯び運転)による罰金前科のほか前科のないこと、被告人が、本件で問題になった事情年度を含め、過去の過少申告の全てにつき、その修正申告に応じていることなど被告人に有利な情状もあるので、これらを総合勘案すれば、被告人に対しては、主文掲記の刑を科すべきであるが、その執行を猶予するのが相当であると認める。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑・懲役六月)
(裁判長裁判官 和田保 裁判官 村田鋭治 裁判官 斎藤正人)